- 1自分を捨てる 投稿者:メイソン 投稿日:2009年02月08日(日)16時50分21秒
- 自分を捨てよ。
なぜ自分を捨てなければいけないのか。 それは愛するためである。 愛するとは他者を愛することである。 他者を愛するとは、自分の気に入った人間によくしてやることではない。 それは自己愛である。 自己愛は、他者が自分にとって意味のない存在になったとき、それで消滅してしまう。 愛とは、自分にとって価値があるかないかにかかわりなく、 他者を他者であるがゆえに大切にすることである。 他者が無能であろうと、悪人であろうと、敵であろうとである。 それは、自己中心性の全面的な否定である。 それが、「自分を捨てよ」という言葉の意味である。
- 2投稿者:では先生 投稿日:2009年02月08日(日)20時51分55秒
- 愛の内容とは何ですか?
- 3投稿者:2 投稿日:2009年02月08日(日)21時05分50秒
- 他者を大切にする内容・・・たとえば
出会ったときにきちんと挨拶することですか 存在を無視しないことですか 誕生日にプレゼントをあげることですか 敵から守ることですか 病人に救急車を呼んであげることですか 献血することですか 募金することですか 老人に席を譲ることですか 必要なところに食べ物やお金をあげることですか
なにをすれば他者を大切にしたことになるのか本当にわからないw
- 4投稿者:愛のために自分を捨てるとか 投稿日:2009年02月09日(月)01時50分18秒
- 馬鹿馬鹿しくてやってらんない
どうせ捨てるのなら愛するのは人じゃなく国にしとけ 国のために自分を捨てろ
- 5投稿者:修身斉家治国平天下 投稿日:2009年02月10日(火)14時55分20秒
- 自分のこと、家のこと、地方のこと、国のことと、小さな事から順番に整えていかなければならない
- 6投稿者:愛します 投稿日:2009年02月23日(月)21時11分04秒
-
- 7投稿者:凪々 投稿日:2009年11月12日(木)04時42分46秒
生きている間のあらゆる方向に多様化される意味付け形式化される創造的意念動機や行為に対してのバランスする争力として人生にいかなる意味も形式も方向性も求めないし求められない全面否定的かつ求道的で根源的な渇望の浮上を動機とする(意念)の自覚がこのからだにに対する鉛直方向の沈身浮身を生じ育み強化させる気がしています。意拳創始者の王こうさいを道士、禅者としてみた場合にその著書を読む限りこのことを理解しこの非2元の矛盾争力を自覚し修練体得していたと思われる。
|